【家事問屋ものがたり vol.3】「たくさん」より「長く」。より良い今を追求するものづくり

文/藤沢 あかり
わたしたち「家事問屋」が、どんな場所から、どういった想いでお客さまに製品をお届けしているのか。その背景をみなさんにお伝えする「家事問屋ものがたり」。
vol.3では、「たくさん売るより、長く売る」。そんなキッチン用品に対する考えと取り組みについてのお話です。
工場に眠る技術と知恵を、もっと広げていくために

産地問屋であるわたしたち下村企販が、ブランド「家事問屋」を立ち上げたのは、2015年のことです。メーカーとして新たに出発するにあたり、大切にしようときめたのは「長く売れるものづくり」でした。
これまでに、生協の特注品をはじめ、お客さまの声を反映したオリジナル商品をメーカーと協働で作ってきたことをお話ししてきました(vol.2)。
しかし、どんなに工夫を凝らした良い品が生まれ、驚くほどたくさんの受注をいただくことがあっても、生協のカタログは掲載終了日があらかじめ決まっており、次の掲載がなければお客さまの目に留まる機会はありません。燕三条の工場とわたしたちが培ってきた技術やアイデアを眠らせておいてはいけない、そんな思いが強くなっていったのです。

一時的にどんと売れる商品は、小さな工場にとっては大きな負荷がかかります。わたしたちがお付き合いしている工場は、ひとつの技術に特化した小規模が大半ですから、家族総出で、ときには下村企販からも応援に駆けつけ、みんなで梱包し出荷することもあります。そうやって徹夜して必死で納期に間に合わせたとしても、その後は一気に暇になってしまうかもしれません。次にまた同じような注文が来るかはわからない。これでは、どんなに忙しくても人員を増やそうとか、少しお金をかけて設備投資をしようという気持ちは起こりにくいでしょう。できるだけ安くたくさんつくるための、効率重視の生産を目指すことにもなりかねません。
しかし、量は多くなくとも長く売れ続けるとわかっていれば、将来への見通しが立ちやすくなりますし、安定収入として工場を支え続けることもできます。少し暇なうちに部品をつくり貯めておこう、お金をかけて今のうちに機械を修理しておこうと先を見越した働きがしやすくなるでしょう。あるいは作業場の高齢化に歯止めをかける若い人の採用にもつながるかもしれませんし、次はもっと良いものにできないかと改良を検討する余地も生まれます。
長く売り続けるものには、少し時間と手間をかけてでも、技術を尽くした品をつくろうと、みんなで奮起できるのです。
売れる数より、求めている人がいるものに光を当てる

通常、商品企画は価格や品質、たくさん売れるもの、という考えからのスタートが一般的です。
しかし家事問屋では「長く売れる」を念頭に、お店での売れ筋ランキングの最下位から注目することにしました。フライパンや鍋、包丁のように、キッチン用品といえば真っ先に挙がるものではないけれど、ずっと長く続いているものたちです。
たとえば缶切り。最近は缶切り不要のプルトップ缶がほとんどになりましたが、どのご家庭にもひとつはあるでしょう。輸入食材店に行くのが好きな人なら意外と登場頻度も多いかもしれませんし、いざというときのためにも必要です。

ところが、ひさしぶりに取り出してみると、塗装は剥げ、錆びついています。遠い昔に、みかん缶を開けたまま、放置してしまったのかもしれません。まあ、そう頻繁に使うものではないから、使いにくいなあと思いながらも、またそのまま引き出しへ。こんなシーンに、心当たりはありませんか?
それなら、使いやすく、洗いやすい缶切りがあったらどうだろうと家事問屋は考えました。昔ながらの使いやすいかたちを生かしながらも、素材は鉄から無塗装のステンレスに。これなら錆びにくく、一度買えば長く使っていただけます。

そうやって、キッチンで使う道具の一つひとつを見直し、開発を重ねてきました。今の時代にあっているか、素材は長持ちするものか、使いやすさや洗いやすさ、収納のしやすさはどうか。「缶切り新発売!」と言われても、ピンとこないお客さまは多いでしょう。けれども、いざ必要になったときには「家事問屋で買えば、きっと間違いない」。そう思っていただけるものを取り揃えていたいのです。
ふつうの家事を繰り返し、「ありきたり、なのに使いやすい」を考える

家事問屋では、幅広い年齢の男女が開発に携わっています。子どもがいる人、パートナーとふたり暮らしの人、ひとり暮らしの人など、その環境はさまざまですが、みな「日常的に家事をする人たち」です。
さらに、これまでに問屋として多くのものを見てきた会社ですから、ありとあらゆる品に触れてきました。水切りカゴといえばこの人、ボウルならこの人といった、長年の知識を携えたエキスパートたちです。その知恵を集結させながら、自宅で、さらに社内に4つもあるキッチンで使い込み、意見を交換し合うことで、自分たちがほんとうに使いやすいものを追求しています。

家事問屋の商品はどれも変わらないように見え、発売当初とまったく同じであるものは、実はとても少ないのです。
『小分け調味ボウル』は、発売当初よりもステンレスの厚みを増しました。これは、調理中のふやけた指先で触れたときに、ボウルの口で怪我をしにくくするためです。
『パスタメジャー』はお客さまのお声を受けて、メモリを100グラム単位から50グラム単位にし、『味噌こし』は底のカーブを鍋の中で安定しやすいかたちに変更しました。これらは、ごく一部であり、こうした改善をあらゆる商品で行なっています。
10年前、家事問屋は約70種類のアイテムでスタートしました。職人の引退や機械の老朽化など、やむを得ない事情での廃盤を除き、そのほとんどが今も変わらず現役です。
ただ同じものを長く売り続けるのではなく、今あるものを守りながら、常に新しくしていく。スペシャルな高級品を目指すのではなく、毎日のふつうの暮らしで使いやすいもの、長く使い続けられるものにするために。
「より良きものに、今があるべき」。その心を大切に、「ありきたり、なのに使いやすい」を更新し続けていきます。
