読みものcolumn

【こうばを訪ねて vol.1】寿金属工業 71歳のプレス職人

燕三条の職人技を詰め込んだ家事道具ブランド「家事問屋」。2015年に誕生した自社ブランドで、30社以上の地場工場の力を借りながら、シンプルで使い勝手の良い製品をつくっています。毎日の家仕事をもっと楽しくラクにしてくれる、暮らしに寄り添う家事道具ぞろいです。

私たちが大切にしているのは、道具を通して「作り手の想い」を使い手のみなさんへ届けること。つまり、直接交わることのない両者を結ぶ「伝え手」という役割を果たすことです。そのために、作り手の工場を日々訪ねては、職人たちと意見を交わし、力を合わせながらより良い製品づくりをめざしています。パートナー地場工場はそれぞれが独自の技術をもっていることから、家事問屋にとってかけがえのない存在です。

今回訪ねたのは、新潟県燕市のプレス加工会社「有限会社 寿金属工業」。代表の高桑一寿さんに、ものづくりの道を選んだ理由や作り手としての想い、これからの目標についてお話を聞きました。

高桑さんと出会ったのは、40年以上前のこと。私たちの会社の創業時までさかのぼります。1980年代の当時は、金属をプレスしてつくる角型バットを店頭で見かけることはなく、丸型バットが主流でした。その理由は、角型はプレス加工が難しいから。ところが、寿金属さんは難易度が高いといわれる角型に果敢にチャレンジし、精巧なつくりの製品を次々と生み出していました。

「この会社はすごい!」 私たちはそのクオリティの高さに驚き、ぜひ製品を販売させてほしいとお願いしました。代表の高桑さんは快く受け入れてくださり、それ以来頼りになるパートナーとして共に歩む大切な存在となっています。

家事問屋の人気アイテム「下ごしらえボール」や「スタッキングザル用角バット」は、高桑さんたち職人の手によって作られています。これらをつくるには、正直、作業工程が多くて面倒だったり、プレス技術の難易度が高いうえに金属板が小さいので割れたりシワになったり……そんなやっかいな事情があるのですが、高桑さんは何のその。「俺らに任せろ!」とばかりにイヤな顔ひとつせず引き受けてくれます。私たちの「使い手を想うわがまま」を叶えるため一緒に悩み、トコトン試作を重ね、最終的には完璧な製品のカタチとして実現してくれるのは、毎度ながら感動ものです。

1枚の金属板がほんの数秒で立体的な形になる

高桑さんの仕事場をのぞいてみましょう。工場の中へ足を踏み入れると、聞こえてくるのは、「ズン、ドン、ズン、ドン」と小気味よく鳴り響くプレス機の音。職人さんたちは手際よく金属板を機械にセットすると、次々に立体的な形の製品をつくり上げていきます。その鮮やかな手つきにしばし見とれていると、高桑さんが「製品を作るのはあっという間だよ。見ててみな」と声をかけてくれました。

こちらが材料のステンレス金属板。最初はただのフラットな板から始まります。

おもむろに高桑さんがプレス機械に金属板をセットして操作ボタンを押すと、ガシャンという音と共に機械が上下。すると、わずか2~3秒ほどで立体物が完成。 まるで魔法のようにあっという間ですが、金属板に圧力をかけて、上下の金型に合わせて凹ませるというシンプルな仕組み。深い形状の容器の場合、異なる機械を使って複数回プレスをすることで形をつくりあげます。このプレス加工法は「絞り加工」と呼ばれ、少ない工数で複雑な形をつくることができるため、さまざまな製品に技術が使われています。

寿金属さんは50年余の創業以来、この「絞り加工」ひとすじで、地場メーカーの依頼を受けながら製品づくりを続けてきたプレス会社。例えば、キャンプ用品として定番のシェラカップ、1つ1万円以上もする高級タンブラー、角型の容器など、知らない間に寿金属さんの製品を手に取ったことがある方は多いかもしれません。

機械に金属板をセットして操作ボタンを押すだけで形ができるなんて、一見簡単そうに見えますが、これが実に奥が深く難しい技術なのだとか。高桑さんは「何度も新しいチャレンジをして、経験を積んできたからこそ今があるんだよ」と語ります。

50回以上の試作、新しいチャレンジは地道な実験の連続

寿金属さんは、現在社員9人体制のアットホームな会社です。高桑さんの奥様、長男夫婦、次男、長女のほか、数名のスタッフが日々ものづくりの現場に向き合っています。創業は1980年、父親のプレス会社が倒産したことで高桑さんが社長となって再建を試み、無我夢中で現在まで駆け抜けてきました。

「小さい頃から父の仕事を見ていたし、ものづくりが好きだったから、プレスの仕事をするのは自然な流れだったかな。でもまさか、再建のために社長になるなんて……。父の会社時代の取引先から応援を受けてたくさん仕事をまわしてもらったから、ガムシャラに働き続けてきたね」

こう語る高桑さん。「とにかくお客(取引先)に恵まれた」と再建に奔走した当時を振り返ります。ステンレス金属の絞り加工は、多岐に渡る製品にその技術を使えるため、スタートしたばかりの高桑さんの会社には、連日さまざまな製造依頼が舞い込んできたそうです。

アウトドア用のコンパクトサイズの鍋やカップ、登山靴のすべり止め、ヘラブナ釣り用のダンゴ餌容器など、次から次へと新しい製品づくりをこなしていく日々……。その中で転機となったのが、「軽くて丈夫なチタン製シェラカップをつくってほしい」というとあるアウトドアメーカーからのオーダーでした。

「実はその当時は、ステンレスやアルミ、鉄の金属材料しか使ってなかった。なぜならチタンは扱いが難しくて、思うように形ができないから。でも依頼を受けて『やってやる!』と覚悟を決めたんだよ」

まずステンレスと同様に、機械にチタン金属板をセットして絞り加工をしてみた高桑さん。ところが、シワがでたり割れてしまったりと思うようにいきません。そこで、あらゆる条件を微調整してみようと、機械のスピード設定、金型の選定、油の種類、チタン板の種類など、条件を少しずつ変えた実験を幾度もくり返すことに。

実にプレス加工はさまざまな条件が複雑に絡み合って、成功と失敗を左右しています。なかでも機械に塗る「潤滑油」は重要で、高桑さんはこれまでに数十種類以上の油を試してきたのだとか。何度も挑戦を重ねるうちに、じわりじわりと成功へと近づいていきました。試作に費やした回数は、実に50回以上。そしてついに半年間かけてめざす製品の形が完成したときには、感無量だったといいます。

このチタン製シェラカップの技術が完成したおかげで、他のチタン製品づくりに応用できるノウハウが身に付いたのかなと思いきや、「チタン製品はそう簡単にはいかないんだよ」と高桑さん。なんと、当時のチタンは製材的に安定しておらず、チタンの種類や作る形が異なると、築き上げたノウハウをそのまま使うのは不可能だったとのこと。つまり新規でチタン製品の依頼を受けたら、また一から試作をする必要があったそうなのです。

それは大変ですね……と思わずその苦労を偲んでしまいましたが、高桑さんは何食わぬ顔で「仕方ないね」と一言。実はここ数年もずっと、休日は新たな製品試作の時間に充てているとのこと。「むしろ簡単な仕事じゃおもしろくない。新しい仕事をどんどんしていきたい」と意欲を見せています。

「顔の見える仕事」がモットー。情があるから仕事は断らない

エネルギーで満ちあふれている高桑さんですが、71歳という年齢でバリバリ仕事をこなすのは大変ではないのでしょうか。聞くところによると、高桑さんの仕事はほぼ休みなし。年中無休で仕事に向き合っているそうです。その理由を尋ねてみると、「家にいても結局仕事のこと考えちゃうからさ。それなら工場に来て仕事した方が気楽なんだよね」とのこと。高桑さんがここまで熱心に仕事に打ち込む理由はなんでしょうか?

「よそではできない技術がうちにはあるんだよ。特にチタン製品づくりは、ほかのプレス屋でできないからと、うちにかけ込んでくるお客も多いから助けになりたい。私はとにかくあきらめの悪い性分でね。試作に時間がかかりそうな難しい製品でも、一生懸命うまくいく方法を考え抜くんだ。時間をかければ大概は上手くいくよ」

寿金属さんを頼って製造依頼するのは、ほとんどが地場メーカー。創業時から付き合いのある会社も多く、プライベートな話もする親しい間柄です。商談のついでの雑談話も毎度盛り上がり、率直な意見も言い合えるといった具合に、最高のパートナーシップを築いています。そんな「顔の見える相手」だからこそ、高桑さんは「困っていることがあればなんとかしてあげたい」と考えているようです。

「情に厚い」という言葉がしっくりと馴染む高桑さん。まるで少年のように、日々新しいチャレンジを楽しみながら、お客のためにと試行錯誤を重ねる日々――仕事をすることはもはや、生活の糧を得るというより、人生そのものとなっているようです。

そんな高桑さんは、すき間時間や年に数回のお休みに、自分の好きなことをめいっぱい楽しむことも意識しているそう。最近の趣味は畑いじり、春の時期は近くの山へ山菜採りに出かけるのだとか。

「今よりも昔の方が自分の時間があったかもなぁ。海でスキューバダイビングをしたり、雪山でスキーをしたり、一人で楽しめるアウトドアが好きなんだ。そうそう、車好きが高じてね、サーキットで走れるライセンスもとっちゃった。それにね……」

こんな具合に他愛もないおしゃべりが止まらない! 仕事場見学と称しつつ、いつもどおりたっぷり雑談の時間も楽しみました。今回の取材を終えて改めて感じたのは、「高桑さんには職人の真摯さがある」ということ。一筋縄ではいかないプレス加工製品の開発に日々向き合い、何度失敗しても挑戦をあきらめず、決して自分の限界を決めない。そして自らが生み出した製品に誇りを持ち、自信をもって世に送り出す――そんな職人魂あふれる前向きな仕事ぶりに感服してしまいました。

職人としての確かな腕はもちろん、人柄の良さも魅力的な高桑さんがつくる家事問屋のステンレス製品。毎日の料理で使う際には、ぜひ作り手の顔を思い浮かべてみてください。「良いものをつくりたい」という職人の思いがこもった家事道具に、ひしひしと愛着を感じられるはずです。

<取材協力>
有限会社寿金属工業 
〒959-1276 新潟県燕市小池3330-6

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