【こうばを訪ねて vol.12】「家事問屋との仕事は成長の場」。業務用トングメーカーの新たな挑戦
文/金子 美貴子
金属加工品の一大産地、新潟・燕三条で30社以上の工場と一緒に家事道具をつくる、家事問屋。毎日の暮らしの「ひと手間」を助ける道具をお届けしています。
私たちが大切にしていることは、道具と共に、作り手の想いもみなさんへ届けること。
そのために日々工場を訪ねて、既存製品の反響を共有しながら、新たな製品づくりを進めています。
今回訪ねたのは、トング製造をメインに展開し、トングのバネ部分の特許も持つ株式会社田辺金具。もともと仏壇や神棚をはじめとする寺社仏閣用の錺(かざり)金具製造·販売が生業でしたが、時代の流れに沿って、在庫の地金を活用できる新規事業としてキッチンウエア業界に参入したというユニークな歴史を持つ会社です。
家事問屋では、「揚げものトング」をはじめとする各種トングを製造していただいています。
トング製造メインのキッチンウエア事業をけん引する、取締役専務の笠原哲也さんにお話を伺いました。
「この価格帯でよく収めているな」
―田辺金具と家事問屋のつながりのきっかけを教えていただけますか?
10年程前に、トングの製造依頼をいただいたのが最初です。それまでは「この会社はあそことの取引先だから声を掛けられない」という暗黙のルールのようなものがあったんです。お互いに「いいものづくりをしているな」と気になる存在ではありながら、お取引先の競合関係などがあり、一緒に仕事をする機会はありませんでした。
でも我々の世代は、そういったしがらみよりも「いいものづくりを優先したい」という考え。上の世代に配慮しつつ、垣根を越える関係性をじっくり作っていった上で家事問屋の久保寺さんからご依頼をいただきました。それからのお付き合いになります。
―地域内で新しい関係性を構築した世代なんですね。笠原さんは家事問屋にどんなイメージをお持ちですか?
展示会で伺うと、家事問屋のブースには、まさに「シンプルイズベスト」という洗練された製品がずらりと並んでいる。その中に自分たちが手掛けた製品があるのを見るのはとてもうれしいですね。
また、作り手として、そこに並ぶ他社の製品を細かくチェックしてしまうんですが、高級感のある質感やデザイン性、接続部のディテールの丁寧な処理などを見ると、細部にまで手が込んでいることが一目でわかります。勉強になりますね。
―プロの方にそのようにおっしゃっていただけるのはうれしいです。
そこでいつも驚くのは、「この価格帯でよく収めているな」というところです。もっと高くても売れるだろうと思いますし、その価値も十分にあると思います。でも、値段が高くて、質がいいのはある意味当たり前。家事問屋の製品は、その品質を踏まえると非常にリーズナブルです。それも工場に無理な負担を掛けているわけではなく、さまざまな工夫をされている。価格からも、ブランドとしての信念や企業努力がうかがえます。
「揚げものトング」で長さの限界に挑戦
―家事問屋の開発は「トング製造なら田辺金具!」というくらい絶対の信頼を置かせていただいています。「田辺金具といえばトング、トングといえば田辺金具」です。
ありがとうございます。私たちはキッチンウエアへの参入は最後発組で、長く試行錯誤が続きましたが、早い時期にトングのバネ部の特許技術を開発できたことで、徐々に認知度を高めることができました。現在、弊社のキッチンウエアの中ではトングが8割ほどを占め、金型だけでも100種以上あります。最近では焼肉用のトングを韓国にも輸出しています。
―家事問屋でもさまざまなトングを製造いただいていますが、「揚げものトング」の開発や製造でご苦労されたところはありますか?
まず長さですね。私たちが製造するトングは100種以上ありますが、当時の最長のトングで長さ270ミリでした。それが、揚げものトングは300ミリ。油ハネ対策として長さありきの製品ということで、その長さは譲れない。「うちの圧延機に入るかな…?」と思ったのが最初でした。
測ってみたらギリギリ大丈夫だったのですが、受け皿には入らなかったので、通常は自動で流しているところを、手作業で流していました。
先端のギザギザを鋭利になりすぎないようにするのにも、気を使いました。
―開発担当は「試作品のためだけに高額な金型を作れず、使い勝手を実物で事前に検証できなかったので、今までで一番緊張した」と話していました。
私たちも緊張しましたが、トング製造の知見は豊富にありますので、コミュニケーションと仮説検証を重ねたことで乗り切れたと思います。
ただ、私たちにとっては、商品化が決定したところからが本番です。量産体制に入るとさまざまな不良品が出てきますから、そこが最初は不安でしたね。一つひとつ調整して品質が安定したところで、ようやくひと息つくことができました。
家事問屋との仕事は成長の場
―田辺金具にとって、家事問屋との仕事はどのようなものですか?
会社としての成長の場ですね。私たちは難しいご依頼でも極力断らないようにしています。家事問屋の製品はそれまでになかった新しいものばかりなので毎回が挑戦ですが、作り手として学びも多いですし、なんとか期待に応えたい、という思いでやらせていただいています。
弊社がキッチンウエアへの参入当初は、トングといえばホテルのビュッフェで使うもので、当然業務用のトングを製造していました。業務用は毎日毎日何百回も使うものですから、まず丈夫である必要があります。衛生を保つために洗いやすいことも重要ですから、一体化したものを開発し、プロに選ばれる機能性も追求してきました。
そんな中、下村企販(家事問屋の運営元)との初めての仕事で、一般家庭用のトングをつくったんです。それが私たちにとって初めての家庭用製品でした。それをきっかけに、弊社のトング製品の幅もグンと広がりました。
―家事問屋では、田辺金具をはじめ、業務用品を手掛けている工場に製造を依頼させていただいています。その理由は、業務用に要求される耐久性や洗いやすさが、家事問屋の求める考えに合致するからです。
家事問屋の仕事では、家庭用品に求められるものを勉強させていただいていますし、いつも新しい扉を開くきっかけをいただいていますね。
新しいことへの挑戦にはリスクが伴いますが、うまくいけばやはり大きな自信になります。会社の成長のためにも、家事問屋が与えてくれる課題には挑戦していかなくてはいけないと思っています。
燕三条クオリティを培い、支えてきたのは挑戦の歴史
―最後に、笠原さんの産地への想いをお聞かせください。
トングを取り巻く環境は、業務用がメインだった20年前に比べると、家庭で普通に使われる一般的な存在になりました。そうやってイメージが一度確立された製品は、価格競争のフェーズに入っていきます。
価格競争では安価な海外製には勝てませんから、メイド·イン·ジャパンの高品質にこだわってきましたが、最近では、一般ユーザーの方から「こちらの製品はメイド·イン·燕三条ですか?」というお問い合わせが来るようになりました。
私が考える燕三条クオリティとは、地域内で完結する一貫製造や高品質に加え、何かしらの「新しさ」への期待があるように感じています。それは、これまでの私たちの新しいものづくりへの挑戦の歴史に対する評価ではないかと思うんです。
私自身、製造の現場からスタートして、創業者の前会長に自由にやらせていただいて育てていただきました。自分自身で試行錯誤しながらのものづくりが楽しかったんです。この地域には、そういう風に、ただ言われたことを言われた通りにやるのが嫌いな人が多い気がしますが、それがこの土地のDNAというものかもしれませんね(笑)。上の人も挑戦した結果の失敗を、許容してくれる気風がありました。
そうやって積み重ねた経験が、個人の力、会社の力、産地の力になっていくのだと思います。
技術の町として、ものづくりのDNAを継承し、進化させていくためにも、私たちはこれからもリスクを取りながらも、新しいことへの挑戦を続けなければならないと思っています。
創業当初の伝統的な金属加工業から、最後発でキッチンウエア業界に進出し、新しいことへの挑戦を繰り返しながら「トングといえば田辺金具」と呼ばれるまでの地位を確立した株式会社田辺金具。
新しいものづくりを目指す家事問屋と共に、パイオニア精神をもって難題に挑んでくれる同志ともいえる頼もしい存在です。
信頼と期待に応える燕三条クオリティの継承と持続的発展のため、工場と手を取り合いながら、より良い製品づくりに邁進していきます。
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